第196回「大阪環状線を歩く・・・第3回『桜ノ宮駅』」(5月例会報告)(12期伊藤(巖)さん)

参加者:18名(敬称略:荒木・池田・板倉・太田・大谷・大森・片岡・後藤・瀬崎・高崎・常松・長澤・柳楽・原・本田・森・渡辺・伊藤)

コ→ス:

JR桜ノ宮駅→大阪市水道貯水池跡→大阪市水道発祥の地碑→花づくり広場→源八橋→源八渡跡→旧桜宮公会堂→泉布観→大長寺→櫻宮神社

報告:

絶好のハイキング日和で楽しい1日だった。

桜ノ宮駅と網島駅(大正2年廃駅)の歴史を紹介して出発。

初めにマンションが建ち並ぶ桜ノ宮リバーシティは、かつて大阪市水道の巨大な貯水池だった処で後に大阪市電の車庫にもなっていた。

市電の労働争議が発生し、運転手らが高野山に立て籠りストライキを行い、市はにわか運転手を仕立て電車を走らせた。

それから大川(旧淀川)に出て大阪市水道発祥の地碑前で記念撮影。

ここで浄化された水は、ポンプで大阪城天守閣横の配水池に運ばれ市内に給水された。

この配水池は今でも現役で活躍している。

川沿いを南下し、源八橋を渡り袂にある源八渡碑に行った。

旧桜宮公会堂では丁度結婚式が行われていた。

造幣局の応接所だった泉布観の外観を見学し桜宮橋(通称銀橋)を渡り大長寺へ。

此処は歌舞伎[心中天網島]の紙屋治兵衛と小春が心中した場所で比翼塚がある。

最後に櫻宮神社に参拝し解散した。

 

次回は、6月14日(日)京橋駅周辺を予定しています。

詳細は後日お知らせします。

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第195回「大阪環状線駅周辺を歩く・・・第2回『天満駅』」(4月例会報告)(12期伊藤(巖)さん)

大阪環状線を歩く第2回天満駅を開催しました。参加者は過去最高の18名でした。

 

開催日:2026年 4月 5日(日)

参加者:18名 敬称略(池田・板倉・今岡・太田・大谷・大森・片岡・後藤・瀬崎・高崎・常松・長澤・柳楽・中山・原・弘田・本田・伊藤)

コース:天満駅ー扇町公園ー八重垣大明神ー天満堀川妙見堤跡碑ー刺殺事件マンションー蓮興寺ー成正寺ー堀川戎神社ー大阪天満宮ー天満天神繁昌亭

 

かってあった堀川監獄跡地は1923(大正12)年に扇町公園として開園し大阪プールもあった。

今はスタート台がモニュメントとして残されている。

八重垣大明神はフェンスに囲まれ入れないが悲恋伝説が有る。

妙見堤跡碑は道路から見えない。

世間を騒がせた詐欺事件の豊田商事会長が刺殺され、テレビで生中継されたマンションの横も通った。

成正寺は大塩平八郎らの墓所。

堀川戎神社に参拝し集合写真を撮った。境内に榎木神社があり、本殿は山車(だんじり)の形をしているので山車稲荷とも言われ、山車絵馬などが奉納されている。

その後大阪三大夏祭りが行われる大阪天満宮に参拝し解散した。

晴天に恵まれサクラも咲いてハイキングを楽しんだ。

 

次回は 5月10日(日) 桜ノ宮周辺を予定しています。

詳細は後日お知らせします。

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第194回「大阪環状線駅周辺を歩く・・・第1回『大阪駅』」(3月例会報告)(12期伊藤(巖)さん)

開催日:2026年 3月 8日(日)

参加者:12名 敬称略(荒木・池田ち・池田智・太田・大谷・高崎・長澤・柳楽・原・渡辺・森・伊藤)

コース 大阪駅ー新梅田食道街ー北向地蔵尊ー綱敷天神社御旅社ー鶴の茶屋跡碑ー凌雲閣跡碑ー歯神社ー綱敷天神社本社ー太融寺

 

初めに大阪駅の時計を巡った(水・金・銀・石・バラ・太陽・カリヨン)時計など沢山在る。
新梅田食道街は皆さんよく利用されると思うが食堂ではなく、食道になっているのをご存知ですか?
ガード下で狭いので道としたそうだ。地蔵横丁の北向地蔵尊にお参りした。本来地蔵さんは修行中なので北向が正しのだが北向は非常に珍しいそうだ。
続いて綱敷天神社御旅社に参拝。此処は神山の綱敷天神社にあった梅塚天満宮を移転したので、社殿があり御旅所でなく御旅社と言う。土日午後のみゴジラの御守りを授かれる。鶴の茶屋があった処は、明治中頃は市民の憩いの場で他にも茶屋があり茶屋町の由来だ。すぐ近くには明治時代九階建の凌雲閣があり、今で言うレジャーセンターで温泉・料理屋・弓場・池にはボートまであったそうだ。今は工事中で石碑もない。

角田町にある歯神社は、江戸時代に大洪水を神社横の巨石が歯止めしたと言われ、転じて歯痛に効く神様になった。巨石は神社の下に埋まっているようだ。6月4日は例祭が行われる。
綱敷天神社は、道真が太宰府に左遷される際、咲き誇る紅梅を眺めるため船の舳綱を巻いて座席にしたことに因る。

最後に太融寺に参拝した。境内に淀殿の墓が有る。

少し寒かったが天気に恵まれ正午にゴールした。

 

次回は4月5日天満駅周辺を巡ります、詳細は後日お知らせします。

第193回「郡山城址と外堀巡り」(12月例会報告)(12期伊藤(巌)さん)

開催日:2025年12月14日(日)

参加者:16名 敬称略

  (雲山会)荒木・太田・大森・大森友人・郷原・瀬崎・渡辺

  (関西久徴会)板倉・大西・片岡・後藤・常松

  (12期会)池田・大谷・長澤・伊藤

今回はボランティアガイド宮本さんに案内していただき丁寧な説明があり郡山が良く解りました。来年の大河ドラマが楽しみです。

 コース:近鉄九条駅ー正願寺上池ー代官池ー鴫ケ池ー番鐘池跡ー尼ケ池ー大織冠鎌足神社ー郡山城址ー情報館ー追手門ー極楽橋ー柳澤神社ー逆さ地蔵ー天守台ー郡山高校正門ー永慶寺ー近鉄郡山駅

報告:

心配された雨は出発前にあがり快適なハイキング日和になった。

正願寺上池~鴨ケ池は洪水対策で遊水機能を発揮するよう改修されている。
番鐘池跡~尼ケ池は元は長大な堀だったが今は金魚の養殖池になっていて間の畦道を歩く。
尼ケ池からは春日山、若草山、高円山の眺望が素晴らしい。

郡山中学の横を進む。

大織冠鎌足神社は豊臣秀長が郡山城の鎮守として多武峯談山神社から遷座させたが2年半後に元に戻した。
一部の衆徒は大織冠の宮を守り柳澤氏の時代に現在地に遷宮した。

少し歩いていよいよ郡山城址に入る。
情報館で持参した弁当で食事と休憩。
極楽橋を渡り天守台下の石垣にある逆さ地蔵を見てから天守台へ。郡山城は豊臣秀長の城として有名だが城主は5年間だけだった。遠くに平成宮址や東大寺が見渡せる。柳澤家菩提寺永慶寺前で説明をしてもらい近鉄郡山駅に午後3時にゴールした。

 

一と百の会は1月2月は休止し3月から再開の予定です。

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第192回「淀川を歩こう第12回」最終回(5月例会報告)       (12期 伊藤(巌)さん)

開催日:2025年 5月25日(日)

参加者:12名(荒木・太田・郷原・柳楽・池田・大谷・高崎・長澤・原・森・渡辺・伊藤)

コース:阪神姫島駅ー姫嶋神社ー大野川歩行者自転車専用道路ー西島水門ー矢倉緑地ー伝法大橋ー伝法水門ー淀川距離標左岸0.0kー市バス常吉停

報告:
最初に姫嶋神社に参拝。

この神社は別名「やりなおし神社」と言い、決断と行動の神様阿迦留姫命をお祀りし女性の信仰を集めている。

神社北側の歩行者専用道路は木々が繋がりそぞろ歩きには最高だった。

西島水門からは只管淀川右岸を進み最先端の矢倉緑地に到着、食事を採る。

休憩の後元来た道を引き返し伝法大橋約750mを渡り淀川左岸を進む。

かなり疲れたが、無事「淀川距離標左岸0.0k」にゴール。

一昨年秋琵琶湖と瀬田川の境界を出発し、やっと大阪湾にゴールでき皆で喜びを分かち合うことが出来た。

お疲れ様でした(thumbs up)

これから暑い夏になるので、「一と百の会」はしばらくお休みします。

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第191回「淀川を歩こう第11回」(3月例会報告)       (12期 伊藤(巌)さん)

開催日:2025年 3月 2日(日)淀川を歩こう第11回を開催しました。

参加者:11名(荒木・池田・太田・大谷・瀬崎・高崎・長澤・原・森・渡辺・伊藤)

コース:大阪メトロ天神橋筋六丁目駅―長柄橋―淀川左岸―阪神淀川駅

報告:

天神橋六丁目駅を北上し長柄橋へ。

昔この橋の工事は難渋し、橋奉行らが雉の声を聞きながら人柱を立てる事を相談していた処に男が妻と子供を連れて通りかかり、「袴に継ぎのある人を人柱にしたら上手くいく」と言ったがその男の衣装がそうだったので捉えられて人柱にされた。

悲しんだ妻は

「ものいへば父はながらの橋柱なかずば雉もとらえざらまし」

の歌を残し淀川に身を投じた。

この伝承が口は災いのもとと言う諺の由来という。

ここから淀川堤防を歩くが、淀川左岸工事のためあちこちで通行止めがあり大変だった。

そのため予定していた富島神社と佐伯祐三の生家等はいけなかった。

阪神淀川駅にゴールし解散した。

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2025.01.03「一と百の会」特別例会『新春凧上げ大会』開催

「一と百の会」特別例会『新春凧上げ大会』・・・
始まりは1984年まで遡りますが、「一と百の会」の行事としては、2006年からで新春の恒例行事となりました
しかしながら、世話役の高齢化などで、凧のメンテや管理が難しくなり、今年で一旦休止となります
2020年には母校出雲高校の創立100周年を記念した100連の凧上げにもチャレンジしました
12期の同窓生は人生の節目となる、古希、喜寿、傘寿に年齢数の連凧を作成しお祝いをされました
凧上げ後の小懇親会では、ふるさと出雲の味(赤貝や野焼きなど)に舌鼓を打ち、コミュニケーションを拡げました
節目となるこの年、良い風に恵まれ連凧は昇り龍の如く天高く舞い上がりました

2005年「会報33号」より抜粋

第190回「淀川を歩こう第10回」(12月例会報告)       (12期 伊藤(巌)さん)

開催日:2024年12月1日(日)「淀川を歩こう」第10回を開催しました。

参加者:13名(荒木・池田・板倉・大谷・太田・大西・郷原・瀬崎・高崎・長澤・原・堀西・伊藤)今回も前回に続き多くの方が参加されました

コース:京阪守口市駅ー難宗寺ー大塩書院跡ー江戸川乱歩寓居跡ー文禄堤ー豊里大橋ー淀川橋梁ー毛馬水門

報告:

今回は地元在住の板倉さんに守口市内を案内していただきました。

最初に訪れた難宗寺には樹齢500年の銀杏の大木があり見事な紅葉に迎えられました。

「大塩平八郎の乱」で知られる大塩書院跡は駐車場の隅にひっそりと石碑が立っていました。

明智小五郎を生み出した江戸川乱歩の寓居跡を探すのに苦労しましたが、今はマンションになっていますが赤階段が目印です。

秀吉が築いた元禄堤は、守口市のここだけに残されていて堤の上は昔の面影がある京街道でした。

その後守口市役所で休暇し京阪商店街を抜け、太子橋今市から豊里大橋にいき南詰を淀川河川敷を進み、風の弱い場所で昼食。城

北公園横のワンドでは釣りを楽しむ人も散見されました。

淀川橋梁は旧赤川鉄橋として親しまれ、城東貨物線が通り歩道もありましたが、現おおさか東線開通に伴い歩道は2023(平成5)年閉鎖されました。

堤防を進むと与謝蕪村の生誕の地碑と句碑もあります。

毛馬水門は、淀川改修工事の際に計画され大川(旧淀川)に流れる水量調節と、水位差で困難となる船舶の通行をスムーズにするための設備で、1907(明治40)年に最初の設備が完成しました。レンガ造りの第1閘門は産業遺産に登録されています。

長柄橋から24号線を南下し天神橋筋六丁目にゴールしました。

 

次回「淀川を歩こう」第11回は、3月から再開の予定です。

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